by @suuminbot
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2026年04月27日

とっても久しぶりになってしまった。
もはやこのブログの文体がどんなものだったかも思い出せないしどんなふうに書いても違和感があるけれど、リハビリ的にひとつ記事を書いてみようと思う。
2025年を振り返ると、第二子妊娠出産という大きなライフイベントがあったけど、20年ぶりにピアノを再開したというのもそこそこ大きな変化だった。
なぜならピアノが楽しくて日々のルーティーンにピアノが組み込まれたり、私の中の1年が「ピアノの発表会」を軸に回るようになったりしたから。
ということで、ピアノを再開して1年数カ月経った現在地の記録を残しておこうと思う。
きっかけは2024年末義実家への帰省。義実家の応接間にアップライトピアノがあり、久しぶりに弾いてみたらまぁ楽しい。
ピアノを買った日の銀座
年が明けた2025年1月某日、銀座のヤマハで目星を付けていた電子ピアノを試し引きし購入した。実家から中学生時代に使っていた教本を持ち帰り練習を再開。でも早々にこのままじゃ駄目かもと感じて近所のピアノ教室を周り今の教室と先生に出会ったのが3月頃。以来月3回レッスンを受ける日々が続いている。昨年夏には中学生ぶりの「ピアノの発表会」にも参加した。
スポーツ全般が大の苦手、外遊びも大嫌いだったけど、ピアノを再開して真っ先に感じたことは 「ピアノってスポーツだ」。
ピアノは内部のハンマーが弦を叩いて音を出す打楽器だ。

音を出すのは鍵盤を押しさえすれば誰でもできるけど、その音色のバリエーション・良し悪しは身体をどう使うかでまるで変わる。
美しく響く音色を弾くために、音楽的な表現を実現するために、無理なく長時間弾くために…全身の筋肉で身体を上手くコントロールし鍵盤を叩くことが大変重要だと理解した。
幼いころは上手い人の演奏と自分の演奏を比べることをあまりできなかったが(お手本というと電子ピアノに内蔵されているデモ音源とかピアノの先生がレッスンの時に弾いてくれるものだった)今ではYouTubeや配信サービスでプロの演奏を無限に観る・聞くことができる。
特に素敵な先生に出会えたことと、YouTubeの影響は私にとっては絶大だった。
例えばモーツァルトのとっても有名なピアノソナタ K.545の藤田真央さんの演奏。どこまでも軽やかでキラキラしていて、あぁ自分はこの曲を全く弾けていなかったんだ、と痛感した。毎度のレッスンでも私が練習している曲を先生が弾くと全く別の曲に聞こえる。まるで音が、旋律の聞こえ方が違う。
この1年ちょっとの期間に自分がいかに身体を上手く使えず、無駄な力を込めてピアノの鍵盤を叩いていたかというのを痛感している。体格が貧相なので音が軽くなりがち。指は回りはするが逆にコントロールが効かず滑る。無駄に腕に力が入ってしまい脱力できずガチガチの音色になる―
THE文化系で運動を敬遠して生きてきた人生だけど、ここにきて自分の身体を知りどう上手くコントロールするか、という課題に向き合う日々が続いている。
ちなみに美しい音楽を奏でるためには身体の使い方という運動的な側面だけでなく、楽譜の解釈、楽典的な知識も必要不可欠で、スポーツというより脳と身体の総合競技といったほうが適切かもしれない。
自宅に電子ピアノ導入後、子どももたまにピアノで遊んでいる
子どもの頃は早い音符や調合がたくさんある難しい譜面を譜面通り抑えることができるようになるかどうか、という観点でしかピアノを楽しめていなかったなぁという気づきを得たのもピアノを再開して以降のことだ。
バイエル・ブルグミュラー・ソナチネ・ソナタ…と定番の曲集を進んでいったが、毎度「最短で今やっている曲に💯をもらい次の曲にいけるか」というゲームをしていた感じ。そんなこんなで音色や身体の使い方にはあまり触れず、指が追いつく譜面だけは中級者になってしまった。それはピアノという楽器や音楽の奥深さ・楽しさを全く理解せぬまま表面的にやっていたのかなと。
※ちなみに私がそういった姿勢でレッスンに臨んでいたから当時の先生も多くを指摘しなかったんだろうなぁと思う。(通ってた教室の発表会を思い返すと、同い年くらいで当時の私目線からでも美しく曲を弾いている子はいた。その子は週2回レッスンを受けているからだから上手いんだ!と短絡的に思っていた浅はかさも自分らしくて思わず苦笑してしまう。)
ピアノの発表会が1年の中での一大イベントの一つに
ピアノの楽しいところは 「全く太刀打ちできない!」と思った曲でも、練習すれば徐々に弾けるようになるところにある。 弾けるパートが増えたり指が回るようになったりするたびドーパミンがドバドバ出る感じがする。
昔の偉人が作った美しい曲を自らの手で奏でることができるというのも単純に嬉しいし楽しい。子どものときは先生に次の曲はこれと言われてそのままやっていたけど、大人ピアノでは一定自分のやりたい曲を尊重してもらえるのでそれも良いのかもしれない。
家にあるピアノはもちろん電子ピアノだが、レッスンの際には教室で生ピアノを弾けるのも楽しい。書いた通りで身体の使い方一つで音色が変わることを実感できるのはやはり生ピアノならではで、生ピアノが家にあったら日々もっと楽しいんだろうなと思う。
教室つながりで他の大人の生徒さんとの交流がちょこっとあるのも楽しい。昨年の発表会では私以外の大人の生徒さんの発表をたくさん聴くことができとても刺激を受けた。特に60代くらいのマダムがトリを飾っていて、その演奏がまぁ美しく素晴らしいこと…私も細く長くピアノを続けてあんな演奏をできるようになりたいと思っている。
私はピアノにおける身体のコントロールがまだまだ下手くそだけど、それも1年前からするとだいぶ良くなった実感が持てているのでそういった点にも達成感を感じることができ、また日々の練習に繋がっている。
今のところ、2つ目指していることがある。
ごまかしの効かないシンプルな曲でひたすら自分の基礎力をあげたいと思ってバッハに取り組んでいる。実は幼い頃に全くバッハを弾いたことがなかったのだけど、ピアノ再開後インベンションに取り組んでみたところ、パズルのように計算されているのが面白くハマってしまった。モチーフはどこか、どのようにモチーフが変化していくのか、二声・三声をどう引き分けるか、和音感を出せるか…
レッスンに通い始めてこの1年ずっとバッハを練習していて、今年の発表会の曲もバッハの曲を選んだ。しばらくバッハにどっぷり取り組み、次はモーツァルトに取り組んでみたいと思っている。ショパンに取り組むのはいつになるんだろう…
手首の脱力、指の独立、コントロール、曲に合わせた音色、メロディーをいかに歌って聞かせられるか、和声、…などなどかなり基礎的な部分を基礎練習と曲練習を組み合わせて積み重ねていきたい。
基本的に子どもが寝たあとの21時以降、30分~45分ほどピアノを練習するようにしている。
子どもといっしょに寝落ちしてしまう日は練習ができないので、一時期は全然練習できない時もあった。
大人のピアノにおいて重要なのは練習の密度をいかにあげるかということで、ピアノ練習ノートを付けるようにしている。
ピアノノートはお化け柄のロルバーン。とてもかわいい
自分さえ理解できればいいので文字はとても汚い。レッスン中もそこにメモを取り、日々の練習で見つけた課題もそこに書いて、次のレッスンでその課題を先生にぶつけている。
ひとつだけ後悔していることがある。それは電子ピアノの選定だ。
私が今使っているのはヤマハのYDP-S55。この機種はスタイリッシュな外観が特徴のエントリーモデル。コンパクトな本体と引き換えにスピーカーからの音の出力とメトロノームの操作性が低かった。
電子ピアノの購入に際しては、
の3点を重視しており、特に蓋を閉じるとフラットになるところが決め手でこの機種を選んだ。
ヘッドフォンをした状態の音色はまだ良いが、ヘッドフォンを外した状態でピアノ本体のスピーカーから音を鳴らしたときの音色はあまり良くなくくぐもって聞こえる。詳しくないので分からないが、スピーカーの位置が悪いのかなと思っている。夜に練習するので基本はヘッドフォンをつけているものの、たまに土日の昼間に練習する時にヘッドフォンなしにすると全くテンションが上がらない。
また、メトロノームの操作性も低く、現在のテンポが視覚的に分からず、テンポの確認・上下の操作含めてすべて鍵盤で行うのがとてもやりづらい。
本当は生ピアノが欲しいところだけど、練習時間帯を考えるとどうしてもヘッドフォンを付けられることは必須条件になってしまう。そのうち上位機種に買い替えることを目論んでいる。
ということでピアノにハマっているという話でした。
大人になってピアノを再開したからこそ思う、子どもの習い事としてのピアノとそのゴールについても考えることがあるので、それはまた別途書きたいと思う。